2017年

2月

07日

種蒔きのお話

 

『より良く生きる』とは、どういう生き方を指すのでしょうか。

 

私は『自分で蒔いた種を自分で刈り取ること』と認識しています。

 

現世で自分で蒔く種は、いい種も悪い種も、自分で自由に蒔くことができて、それを自分で刈り取る(収穫する)ことで、結果的に自分の生き方すべての領域で豊穣の時を迎えます。

 

普段から良い種を蒔いていれば良い芽が出てきて、良い種だと思って蒔いたら、のちに不作だったということも体験するでしょう。ここで不作だったからと言って落ち込むのではなく、その経験を次回に活かすことで必然的に良くなっていきます。

 

種は、自分が蒔く内容によっても、蒔いた時期や環境によっても、その種が芽を出すのに最適なタイミングで発芽するでしょう。

 

稀にその種が環境に合わない時は、一旦休眠状態に入ったり、肥沃な環境にするためにメンテナンスが必要になる場合もあるかもしれません。

 

種は、自分が成長する環境に順応して自分を成長させるべく、あらゆるタイミングが整った時芽を出し自分を開花させます。

 

美しく開花するまで、成長のプロセスを過ごし、やがてくる豊穣の時に備えます。

 

現世で自分らしく自由に豊かに生きるためには、自らの意志で蒔いた種を自らで刈り取るほかありません。

 

刈り取ることを他人任せにしてはならないのです。

 

刈り取ることを面倒がったり、知らないフリをして放置すれば、やがてその種は衰えてなくなるでしょう。しかし、自分でも蒔いたことを忘れていた種が必要なタイミングで発芽する可能性があることも忘れてはなりません。

 

そして、刈り取ったものが満足のいくものではなかったとしても、それはそれで自分ですべて刈り取る必要があるのです。

 

失敗したからこそ『次はこうしよう!』とか、より良い方法やアイデアに気づき糧としていけるのです。

 

そして大きな株となることでどっしり構え、大きな器の中にいる自分と、その周囲には仲間がいて共存も可能になるのです。

 

 

日常で起こる出来事すべてが、自分で蒔いた種だと理解している人は少ないように思います。

 

どれほど素晴らしいスピリチュアルの教育を受けても、この基本を理解できていない、それに伴う実践もしていないのであれば、現実で望む生き方はできません。

 

日々出会う人の雰囲気、目にすること、耳にすること、体験することもすべて、過去に自分が蒔いた種の収穫時期を迎えただけなのです。

 

収穫は、豊穣そのものを受け取るかもしれませんし、くりかえしているブロックやパターンの浮上の場合もあるでしょう。

 

収穫時期がきたら疎かにせず、速やかに自分で刈り取るだけでいいのです。

 

どうすればいいかは、自分が一番よくわかっているはずです。

 

自分で刈り取れない時は、信頼できる人からアドバイスを受け取って策を試みます。

 

でも、刈り取るのはあくまでも自分でやらなければ意味がありません。

 

自己責任や自己管理ができない人に共通しているのが、自分を含む、誰かや何かのせいにしては、いつまでも先延ばしと言い訳、愚痴、不平、不満、嫉妬を口にすることです。

 

そして必ず、被害妄想的発言をします。

 

現実世界で自分を生きにくくしている根本原因は、古くなった種をいまだに蒔いているからです。

 

改善するのも自分の意志と行動しかありません。

 

どんなことも刈り取る時は次の教訓にするのです。

 

 

 

 

 

 

 

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