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奪う、裁くが不幸の始まり

人生を自分らしく満足して生きていない時

 

外から何でも奪うようになる。

 

 

”何か”を奪う人に自ら成り下がってはいけない。

 

”何か”とは、目に見えるもの、見えないもの両方です。

 

 

奪う前に、良く洞察し、与え、共有する人でありなさい。

 

 

あなたがどこにいようと、

 

あなたの働きかけに応えてくれた人は、

 

あなた(全体)が求めていること、

 

あなた(全体)にとって良いと思われること、

 

あなた(全体)にとっての幸せを願い時間を割いてくれた人です。

 

 

ですから、誰かのお世話になった時から、

 

あなたは誰かのエネルギーを受け取ったことになります。

 

 

エネルギーは、あなたがたには見えないものだから、

 

時間やお金、信頼など、他のものと置き換わることで認識できるでしょう。

 

 

あなたが受け取ったものが何であれ、

 

自分だけで消化することのないよう、

 

知恵を活かし、できるだけ与え役立てなさい。

 

そうすれば、あなたに関わったすべての人に平和が訪れる。

 

 

私が言いたいのは、人を巻き込んではいけないと言っているのではない。

 

巻き込んだなら、最後まで責任を持って誤解のないよう関わることだ。

 

 

生きていれば、自分のわがままで人を巻き込むこともあるだろう。

 

相手が誤解したり、不快に感じることのないよう配慮することも愛なのだ。

 

この世のすべて、目に見えることも、見えないことも、

 

意識を集中し、大切に扱うことを学んでほしい。

 

 

あなたがたが、にこやかに笑顔で過ごす時、

 

あらゆる呪縛が解けるのだから。

 

 

あなたのエネルギーを奪う者がいたら、その真意を聞いてみるといい。

 

あなたに対し、一方的に言われのないことを言う者がいたら、

 

あなたの主観と真実を伝えなさい。

 

あなたが関わりたくないなら静観していなさい。

 

 

自分の存在意義を、誰かを攻撃することで認識する者もいる。

 

あまりにも哀れなことだが、

 

今あなたがたが住む2019年という時代の浄化が進み、原点回帰の時だからよく見聞きするだろう。

 

 

自分本位に生きていると、

 

自分の課題に集中して生きることを忘れがちだ。

 

他人本位に生きている時も同じだ。

 

自分の課題があることを忘れてはならない。

 

 

分け隔てなく、他人を隣人あるいは同胞と思えたなら、

 

神が内在する魂本来の姿で生きている時と思っていい。

 

そういう日を増やすのだ。

 

今日できなくても、明日がある。

 

明日はあるけど、時間は過ぎるのだから。

 

 

いつも一緒で、深く関わり寄り添うよりも、

 

たくさんの言葉をかけて励ますよりも、

 

あえて離れ、見守り、幸福であるよう祈ることが最善な時がある。

 

 

苦しい時ほど人に笑顔で奉仕なさい。

 

一人でいる時は泣いてもいい。

 

人に尽くすことで自分が満たされることを学びなさい。

 

辛くてどうしようもない時はあえて共有するのだ。

 

そのうちすべてが良くなる。

 

 

思った以上のことを成し遂げる者は人ができないと嘆くことに修練を積む。

 

私の存在を活かしなさい。

 

 

イエス・キリスト

 

 

 

 

 

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