人生で何かを始める時あるいは続ける時、安定を求める人が一般的には多いと思います。
なぜ、安定を求めるかといえば、現状維持が安全で、新しいことにチャレンジするのが面倒で怖いからです。
そして、その一連のことを受け止める責任を持ち合わせていないからです。
いつもこのパターンで生きているとしたら、なおのこと潜在意識にはそのデータしか入ってませんので覆すのは至難の技です。
で、結局、肝腎要のチャンスを棒に振るわけです。チーン( ̄▽ ̄;)
いつもそのように生きているということは、変化を好まず怖れに根差して生きているということ。
あと、
完璧さを求める人の場合、その裏側に隠れている自分を癒す必要があります。
こういう人は承認欲求が必要以上に強く、人からどう見られるかを必要以上に気にしているということ。
要するに、私を認めて欲しいっ!!!という意図が強いのです(笑)
じゃあ、それに見合う準備はしているのかと問われれば、
やってないし、先延ばししてるし、実はやる予定もない(笑)
根底から癒されていないと、実は自分が自己否定して生きていることに気づけません。
完璧さを求めることは、自信のなさの現れでもあります。
安定を求めることも、
完璧さを求めることも、
宇宙、この地球に生きる時には発展性や進化を阻む意識だと覚えておくと良いでしょう。
なぜなら、安定は形でいうと四角形です。
四角はエネルギーが中に充満して動かない状態。
滞っている状態といえるのです。
完璧を求めるということは完成形ということ。
完成なのでそれで終わり、それ以上ない、発展しない、進化しないということ。
ですので、
安定を求める生き方をしている限り、
完璧さを求めて生きている限り、
そこに発展性はなく、進化もないということ。
地球で思う存分喜んで生きたいなら相反する考えといえます。
すでにそうじゃない生き方を始めた人にはわかりますよね。
普段から準備していれば必要なことが、宇宙の采配でちゃ〜んと起こるようになっています。
それはいつも絶妙なタイミングで起こり、最高最善最良なのです。
この時代、先延ばしは命とりといえます。
悪魔は日常生活の中であの手この手を使って巧妙、狡猾に絡んできます。
というか、悪魔が来るのも自分で引き寄せてるんですけどね。
自分を癒せていないとまず覚醒はしないし、俯瞰して自分を見れないので洞察力も養えないわけです。
三次元の世界に同時に生きていても、覚醒により意識の拡大が起こると、見えることも、聞こえることも、感じることも、わかることも、受けとる内容も、表現方法も、人によって異なります。