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死生観

覚醒した人と、してない人の違いは色々ありますが、

 

死生観もその1つだと思います。

 

 

死にたくない、自分はまだ死なない

 

 

そう思って生きてる日本人が圧倒的だと思います。

 

しかし、

 

霊的視点で見ると、

 

それは命に対する執着ともいえます。

 

 

それが正しい、間違っているではなく、

 

いずれ死ぬのは間違いないことで、

 

死なない人などいません。

 

 

例えば、コ〇ナもそうです。

 

コ〇ナが怖いと思った人は、自らチクワを食べました。

 

コ〇ナになるのが怖い人は、日頃から自分の体を労っていないだけでなく、自分の体とコミュニケーションができていないのです。

 

単なる流行性感冒だと認識した人は、1ミリの影響も受けていません。

 

もし、受けたとすれば、シェディングでしょう。

 

チクワを打った人の呼気は臭いので、すぐわかります。

 

 

 

身内が倒れて思ったことは、

 

自分の人生は、1000%完全に自分が決めたとおりに進んでいくこと。

 

選択したことの結果が、

 

のちに吉と出るか、凶と出るかは誰にもわからない、

 

神の領域です。

 

 

医療施設での治療を受けることが常識になった人間の末路は痛々しいです。

 

そして、医療施設に一生通うことになります。

 

長期間、薬を飲めば飲むほど、副作用は当然あるわけです。

 

表には出てきてなくても、確実に肉体の中にはいるし、

時間の経過とともに炙り出されます。

 

 

薬による肥満のように、すでに表に何らかが出ている場合、

体はずっと悲鳴をあげていて、それを本人に見せてくれているということ。

 

最近では、肥満を単に肥満で片づけるのではなく、病気としての疑いや認定がどうとか聞いたことがあります。

 

 

薬に頼る生き方をすることで、薬は一生手放せなくなり、

新たな副作用が出ても、なおも薬に頼る生活になっている人はごまんといます。

 

それも、その人の今世の生き方なのだと思います。

 

しかし、

 

余生を健やかに過ごしたいなら、真剣に考えるべきです。

 

ここに気づいた人から、1日を悔いなく生きることでしょう。

 

 

死ぬことに対する強い恐れ

 

命に対する執着

 

長生きすることばかりに意識が向けられがちですが、

何も持ってなくて存命したところで、どうするのでしょうか?

 

これは持論ですが、私は単に長生きするより、人生の質を上げてやりたいことをやって好きに生きて、日々に感謝して、悔いのない人生を生きることのほうがよほど有意義だと思います。

 

 

逃げても、避けても、一時的にしのげたとしても、

いずれまたその流れは来るでしょうから。

 

 

この地球には、暦や時間軸が設定されており、

我々は日々歳を重ねていくことになっています。

 

しかし、最近では奇跡の70代として、実年齢より遥かに若い現役で活躍する美容家などもいます。

 

70歳になっても健康で、自分が好きなことで収入を得て不自由のない老人と、

 

まず健康面に問題があるとか、特に好きなこともなく、今からできることもなく、限られたテレビの情報を頼りに雀の涙ほどの年金でやりくりして不自由のある老人と、

 

現時点でも二極化しています。

 

それもこれも生き様次第で、選択した結果が余生に反映されるのです。

 

 

事故、事件、地震、災害が起きた時、

 

助かる人と旅立つ人とに分かれるのも寿命、宿命。

 

もう少し発見が早かったら、

 

もっとこうすれば良かったのに、

 

こうしたら助かったんじゃないか、

 

頭ではわかっていても、執着や依存があると受け入れられず、必ず後悔が頭を駆け巡るのが人間です。

 

 

いただいた命があるかぎり、後悔なく一生懸命に生きるだけです。

 

寿命は間違いなく神の領域です。

 

我々人間ができることとできないことがあります。

 

 

どんなに最善を尽くしても亡くなる人はいて、

 

どんなに最悪な状況から助かる人もいる。

 

逆に、

 

どんなに簡単な手術でも旅立つ時は旅立つし、

 

お腹の中に少しだけ宿って旅立つケースもあります。

 

 

1日1日命に感謝して、やりたいことをやりたいだけやる。

 

 

そもそもその病気を招いたのは自分。

 

万に一つ、医療ミスだったとしても、

 

何らかの病気を提示される時は、魂が180度生き方や意識、環境等を変えることを告げており、医者の言いなりだと一生薬漬けです。

 

サロンを開業して11年、そういう人を山ほど見てきました。

 

本気で完治させようとする人ももちろんいましたが、圧倒的に少ないです。

 

 

これは私見ですが、

 

甘える場所として居心地がいいから、

 

病名がついて自分を特別視してくれるし、

自分を全面的に肯定してくれて、守ってくれる場所だから、

 

社会で優遇してもらえたり、周囲からも同情してもらえるから、

 

これらは心理的に働いていると思います。

 

 

自分も精神を病んだ時期があったので、

 

自分を理解してくれる安全な場所を求めてました。

 

しかし、

 

その生き方では廃人だと気づき、完治させることに尽力しました。

 

わかったことは、人間の自己暗示(マインドコントロール)ほど強いものはなく、

 

個人が持つエネルギーの強弱によって+にも-にも表れることがわかりました。

 

自分のことを病気にするのは、添加物や加工品の毒や害だけでなく、

 

あらゆるネガティブ周波数の塊(ブロック)から始まります。

 

 

自分自身が何らかについて学ぶ必要がある時、

 

人生にはあらゆるキャストが登場します。

 

中でも病気やケガは、特別なキャストでVIP=very important pain

 

”大切な痛み”なのです。

 

ですから、今まで以上に手厚く対応する必要があるのです。

 

 

1日1日の恵みに感謝して、やりたいことをやりたいだけやって、

 

チャレンジしながら生きていれば、

 

人生というかけがえのないひと時が、たとえ終わりを迎える日がきても、決して後悔することはないでしょう。

 

胸を張って神様の元へ帰れるはずです。

 

 

神の領域で起こる出来事が、吉と出るか、凶と出るか、

 

わからないからチャレンジし続ける楽しみがあります。

 

あいまいだから楽しむ♪

 

ぐらいの大きな器がこれからの時代必須です。

 

 

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