人の体のことを考えた飲食を提供する店や企業は、
すでに弥勒世界でビジネス展開をしている。
自分の店の利益しか考えない店や企業は、
旧地球で展開している。
その人間が”日常”で何を取り入れているかで靈性も人生も決まる。
特に飲食物はわかりやすい。
日本は食に対して意識が低い人がほとんどで、
スーパーにはこの世になくていいゴミが売られている。
そして、
これほど情報過多の世の中にも関わらず、
そのゴミや毒に金を払う人がいる為、なくならない。
一般のスーパーに行って”本物”を探すのは至難の業だろう。
田舎の場合も真っ二つに分かれてきた。
日本人のDNAにもともと入っている信仰心と靈性、
これらを失うことで国民が脆弱になり、国力が完全に落ちた。
だからといって、
新興宗教の形態はちょっと違うと私は見ている。
靈性を高めるといっても、
現実逃避のスピリチュアルでは真の目覚めはないです。
この国は、もともとガンの人間にガンと告知しない時期があって、
こうした”良かれ”やオブラートが不安や無責任さを助長していったと思います。
良くも悪くも国の安寧や繁栄を願うなら、
後世の人間たちに正しい情報を引き継がないと国は存続できない。
国を存続するために、
たった一人の誰かが切腹しても現状は変わらない。
命を落とした人には大変申し訳ないが、
そうまでしても、何ら解決せず日本はここまで落ちている。
もうそこではなく、
現代人は時代を見据えた取り組みと生きよう、在りようが大切だと思う。
先日、ゆきゆきて神軍という映画を見た(1987年公開)。
以下、ウィキペディアより引用
1987年公開の日本映画。太平洋戦争の飢餓地獄・ニューギニア戦線で生き残り、「神軍平等兵」と称して慰霊と戦争責任の追及を続けた奥崎謙三の言動を追うドキュメンタリー映画である。
今村昌平 企画、原一男 監督。日本国内外で多くの賞を受賞した。
昭和17年(1942年)の本格侵攻開始後、東部ニューギニアに投入された約15万名の日本兵のうち、約12万8千名が戦没したとされ、その大半が飢餓や病による死でした。
太平洋戦争
1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)まで行われた戦争であり、第二次世界大戦の局面の一つである。大東亜戦争とも言われることがある。
日本などの枢軸国とアメリカ、イギリス、中国などの連合国の間で行われた戦争であった。1941年(昭和16年)12月8日、マレー作戦と真珠湾攻撃によって始まったが、実際には以前から日中戦争(支那事変)が続いており、その継続としての側面もある。
この映画の中で気になったのが、
主人公の奥崎謙三が真実を語ろうとしない元上官たちに『きさま!亡くなった人たちに・・・』と言ってつっかかっていくのですが、
この”きさま”=貴様という言葉は、室町時代末期(1573年頃)は敬意を表す呼称で使われていて、時を経るにつれ、その敬意がなくなっていき、今では相手をののしったり罵倒する場面で使われるような言葉になっています。
『お前』も、元来は『御前(おんまえ)』といい、貴人の敬称として使われています。
現代でも貴殿、貴社とか言いますよね。
言葉が乱れると、個人の品性が失われ、世相も乱れます。
今の日本語は、本来の意味とは違う意味で使われている言葉も多くある為、
学校教育のヤバさ、全国共通の教科書がいかにおかしいか、
重要な部分が削除され、封印された背景が見えてきます。
知るべきことが公では知れず。
でも、9割の人は公に出ているもの、
数字が大きいもの、
皆が支持するもの、
無名より有名なほうが正しいと信じています。
この集合意識は厄介です。
そこから脱出して、
それぞれが居心地のいい、
それぞれが収まるところに収まって生きることです。
こういうやり方がね。