さすが馬年。
サグラダ・ファミリアも今年完成ですって。
受講者たちも、シンクロなんて軽い言葉では表せないぐらいの
神懸かりが始まっています。
受講者MIさんからは、
先生と出会ってから収入面も大幅に爆上がりしたので、
予測が追いついてないです笑
ことあ先生をお目にかかった時から自分の世界が変わりつつあり、自分自身のフェーズも変われるタイミングなのかなと思ってます。
受講者KIさんからは、
お勧めして頂いた、近所の田中稲荷神社さん。と日吉神社さん。
それから、大国魂神社に参拝しました。
元旦の日、近所の橋の上から初日の出を見ました。今までした事がなく、先生とお会いしてから、意識が少しずつ変化しているように感じています。
大国魂神社には年末に、母と一緒にお詣りしました。とても喜んでいました。良い親孝行が出来、来年もこの時期に来るのが良いねと、気に入ったようです。
年末ならではの、人形の紙に名前と住所を書いて、大晦日にお祓いをお願いしたり、ずっと2人だけで過ごすのは何年ぶりかでした。
先生の講義を受けて、祓いを行い。少しずつ心が落ち着き、のんびりした気持ちで過ごす時間が増えています。
サロンを開業してから今日まで、
暇なサロンが急に忙しくなったとか、
今までの年収を超えたとか、
傾いたサロンが持ち直して、受講してから急に繁盛しだしたとか、
業績が10倍以上とか、
ご家族にも幸せや繁栄が波及して、
健康面や精神面だけでなく、
自分だけでなく、家族も職場も、パートナーも、
出会う人も何もいい人たちに変わって、
なんなら伴侶も見つかってと、
人生がいいことづくめになるので、
え、いいの!?状態になります。
想定外にいい事ばかり差し出される為、
先生、私大丈夫でしょうか?とメールが来ることも笑。
眠っていた才能や可能性が封印解除されるので、
夫婦関係やパートナーシップも、
お子も学校へ行くようになったり、
ニートから働きに行くようになったり、
考えられない奇跡が次から次に起こります。
行きたいところへ少ない負担でとんとん拍子に行けたり、
会いたい人に会えたり、
嬉しいお誘いがきたり、
体の不調が改善されたり、
明らかに私一人がやっていることではないことが始まります。
そして、
いつも言ってますが、神はセコくない。
神から罰が当たったと表現する人がいますが、
少なくとも私が見ている神の世界ではそうではない。
自分に不都合があると、すぐ外側のせいにするのは早計です。
特に、日本人は”痛み”を持っている人が多くいて、
このサインを見逃しやすいのです。
日常生活で自ら招いていることがほとんどです、
生活習慣、食習慣、運動不足とか。
私は高級神になればなるほど、
そうした人間的思想が絡まないと思っているので、
”罰が当たる”と捉える人は、かなり低次元の影響を受けている可能性が高いです。
あとは、
自責思想か、他責思想でしょうね。
環境で人格、性格、習慣、思想はできますので、
当然ですが、
自分で働いたお金で生計を立てて生きている人と、
家族に養ってもらって生きてる人とでは、
責任の所在や意識が異なります。
見てる次元も、体験する内容も悉く異次元でしょう。
潜在的に神を信じる信じないは自由ですが、
自分の体で検証してないと、頭の理解が先行する人が多くいて、
これも完全なる洗脳脳で
頭の理解で納得しようとする日本人がほとんど。
被害者意識や自己憐憫をすることによるメリットを受けていて(何もしたくない、現状を変えたくないなど)、
他者の同情をかいたい段階の人は多いです。
だからやっぱり本丸の教育を受けてないと、ところどころにほころびが出てきて、いちいちそこに囚われて振り回され、セルフイメージがどんどん下がって達成感のない人生になります。
自分のことを客観視できないと自分が苦しくなるのが今の時代。
人間、葛藤が多いと必ず悲壮感が出ます。
所謂、負のオーラです。
あと、顔のあるパーツが原因で、
自動的に高級靈とご縁ができてすぐ繋がる人と、
自動的に無駄に低級靈と共鳴する人とが確実にいます。
そういう周波数、そういう意識、
それ以上も以下もないという感じ。
人生で誰の話を聞いて、誰と交流するか?
地上のメンターの存在は重大です。
あちらこちらにある浅間神社には結構行ったつもりでしたが、
たまたま、道路にそびえる大きな赤い鳥居を発見し、
吸い込まれるように商店街の参道をずーっとずーっと歩いたら大歳様。
偶然のていで完全なる必然。
境内広いのに、なぜかこちらに足が向き、
大山祇さんと日本武尊さんがいた。
で、まんまと100段の階段、行くしょ。
またおしゃれスニーカー。
到着と思ったら、前を歩いていたおじさんが慣れた雰囲気で奥に進んでいくので、ちょっと真似して行ってみることに。
でも、歩いても歩いても道はつづき、
登山道に入っていることに気付く。
でも、その先に寄っていかないといけない気がして、
いつもなら午後を過ぎて登山はしないのですが、
行くだけ行ってみることに。
そしたら看板。
戦争の犠牲者のところへ行かないとと思ってた矢先、
偶然のていで完全なる必然、参拝させてもらえました。
しかも、線香もライターも置いてあったので感謝です。
こんな景色のいいところに観音様と一緒に祀られて皆さん気分がいいみたいで、
風が強い日だったこともあり、気持ちいいご神氣に触れられました。
しかも、若い男性二人組がここまで参拝に来ていて、
家族の誰かから聞いた話をすり合わせながら手を合わせていました。
泣ける(涙)
つづく