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イエス様からの助言

数日前のブログで、行動しないと上と繋がらないというお話をしました。

 

『上』とは、高次意識や神様のことです。

 

 

私がイエス様から教えてもらった行動することの原理は、

 

行動すると、

地球で生きるのに必要な生きた知恵や知識が身について、

意識が拡大して叡智となる

霊格が上がってより良い生き方になる、

 

ということでした。

 

 

以下は、ニュースを見たり、他者と会話中に聞こえてきたイエス様からの助言の一部と、今降りてきてるものを文字化します。

 

 

 

いつまでも自分だけが被害者だと思って生きてはいけない。

被害者でいようとすることは、これまでも自分の苦手なこと、葛藤、ネガティブな感情から逃げて生きてきた過去からの癖だ。

 

今回、双方に与えられた学びが終われば別れが来る。

 

ネガティブな感情を手放して自立する必要がある魂を理解し祈りなさい。

 

 

大切なものを失うこと、自分には”ない”ことに執着することは、忍耐と不幸の中で生きることを選択した魂で、自らで身を持って学んでいるのだ。

二度と会えないという幻想があるかぎり、辛い課題は継続するが、自分が何者であるかを知ろうとする努力が必要で、いずれ安らぎとなる。

 

 

被害者意識や自己憐憫にいつまでも占拠されることは、愛された経験に乏しく、不信と疑心暗鬼で怖れに満ちて生きてきたことの現れである。

”被害者”を隠れ蓑に、自分の感情と向き合い続けることから逃げてはならない。さらなる課題を受け入れるがよい。

 

人が赦せないのは、自己責任から逃れて生きている時だ。

 

 

生きる過程で大きな痛みを伴う時は、ただ耐えなさい。

どうであれ、必要なことしか起こらないから、そこを注意深く内観し、模索し、そこに気づける人はいよいよ真実の魂が求める生き方に入る。

 

結果を急ぐな、神が用意しているから。

 

その焦りはどこからなぜ来たのか?自分に問うといい。

 

必要なものはすべてあとからついてくる、それまでは精進して自らを磨いていればよい。

 

 

別れがきたら再会も出会いもある。

 

終わりがくれば始まりもくる。

 

あなたはどこに立っていますか?

同時に存在する世界にいることを忘れないように。

 

 

別れは、輪(和)が枯れることだが、再会は再び愛に目覚めること、出会いはすべて愛の始まりで、愛が響き合うことだ。

これらは振動だから、関わるすべての魂の振動が重なった時それは訪れる。

 

 

心配性の人は、相手を信頼できない人、自我(エゴ)を押し付ける人。

 

心配から愛は生まれない。

 

心配すると、自分を相手を窮屈にする、それは愛ではない。

 

 

低級霊や未浄化霊はそこらじゅうにいるのだから、それらに遭遇することはあっても影響を受けてはならない。自分を磨いていれば問題ない。

※ハエ取り紙のようなもので、そこにあっても自分からはくっつかないように気をつければいい、必要であればどのみちくっつくようになっている、と。人の縁もそうだと言ってました。

 

 

波動や次元には高い低いがあるが、そこに優劣はない。

 

どんな魂にも、あなたが知らない課題、事情、役割、背景があることを忘れてはならない。

 

あなたのほうから関わらなくていい他者の課題があることも知りなさい。

 

他者の課題を取り上げてはならない。

 

そこに首を突っ込むことは自由意志と自己責任が伴うことを忘れずに。

 

 

聞かれてもいないのに、相手の状況をジャッジしなくていい。

 

本人が自分で気づくまでは言わなくていいこともある。

 

 

調和と尊重を忘れないこと、根底には愛だ。

 

それに、あなたが思っているほど脅威な存在などない。

 

 

他者の波動を著しく下げる人や、一緒にいて居心地が悪い人への対応について、

 

その”居心地の悪い”という感覚を忘れないことだ。

それはあなたの中で何かをキャッチした証拠だから。相手はその証拠を映し出す鏡の役割で今そこにいるだけだ。

 

提供してくれた鏡で自分を素直に見つめれば本当の自分が求めていること、自分の根本原因がわかるだろう。全神経を集中させることだ。

 

全神経を集中させるとは、神を全身に通すことでしたね。

 

そうすればわかる。ここを怠ると気分が悪いだろう。

 

 

相手が誰であろうと、毎回この原理は同じで、

自分を軽くするために協力してくれる鏡だと思えば気にもならなくなる。

 

なぜそこにいる(来た)のかを納得したいはずだから。

 

そのうち一回一回鏡に映し出さなくても、自分で瞬時に気づけるようになる。

 

 

また気づけなくなった時は、別の魂が鏡を提供して演じてくれる。

 

 

この原理が腑に落ちれば、それまでと同じ場所、同じ環境、同じ人でもすべて別世界(異次元)に見えるようになる。

 

自分がいる次元が変わったということ

 

 

一人ひとりが自分に責任を持って、双方向にあるいは関わるすべての人にとって快適な道を探す努力を一人ひとりが怠ってはならない。

 

そうすれば良くなる。

 

 

一度”いい人”を演じたのなら、一生演じる覚悟で貫いてみなさい。

 

あなたの最初の反応は、あなたの一部だから苦にならない、できる。

 

相手に合わせてやってるという感覚ではなく、

自らでそうすることが自分にとっての最善、地球で生きるのに必要な在り方、それらは完全に報われる。

 

 

器用に演じられること、自分はそれを才能として素で演じることができると思えばいい。

 

誰からも印象が良く、あなたは完全に愛されているしすべてうまくいく。

 

わかってもらおうと言葉で言うな、行動で示せよ。

 

これまでと同じく、行動で人を見ることの大切さを優先なさい。

 

 

人から愛されたい、人から必要とされたいなら、中途半端に弱音を吐いて投げ出すのではなく徹底してやってみなさい。

 

その辛抱強さが報われる日まで、とにかくやってみなさい。

 

いつも笑顔でいなさい、傍にいます

イエス・キリスト

 

 

 

 

 

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